2005年 06月 17日
元同僚のイタリア人A嬢からメールが届いたのは、午後5時半を過ぎてからだった。 元気?こっちはロンドンに戻って新しい職場で働き始めたところだから、まだいろいろ大変だけど、その忙しさも含めて楽しめてるかな。また近いうちに会おうね。 そんな他愛もない内容だった。 おかえり。楽しそうで何よりだね。一度ゆっくり話も聞きたいし、落ち着いたらまた連絡ちょうだい。こっちは、良くも悪くも仕事はちょっと落ち着いてるかな。実は9月に男の子が生まれる予定だから、この夏は良き家庭人としてのんびり過ごしてるよ。 などと返信したところ、 赤ちゃん生まれるんだ!おめでとう。 おいおい、何ヶ月も音沙汰なしで、いきなり今日の今日かよ・・・。1人暮らしは気楽でいいねえ。 とはいえ、別に断る理由も無いんだが。他にも誰か捕まえようとしたけど、さすがにショートノーティスだったこともあって、結局2人で食事することになった。 5年前にセールス担当として今の会社の東京事務所に入った頃、ヘッジファンドのことを何も知らなかった私は、頻繁にロンドンへ出張して来ては、リサーチアナリストだった彼女を捕まえて片言の英語で(あの頃はまともな英語が喋れなくて本当につらかった)質問責めにしたものだ。『こんなもんじゃ、日本の機関投資家相手に商売出来ない』と、彼女のレポートのクォリティに納得出来ず喧嘩をふっかけたこともあった。或いは彼女が東京に出張してきて2人で在日ヘッジファンド巡りをしたこともあった。今ではすっかり有名になったファンドマネージャーも当時は小さなオフィスでひっそりと運用していたことを思い出す。 その後、私がロンドンに転勤になってからは同じオフィスで働いていた時期もあったのだが、程なく彼女は母国に帰って営業拠点の立ち上げに参画することになる。ただ、自ら希望して飛び込んだセールスの世界だったが、残念ながら彼女は満足の行く業績を上げることが出来ずにいた。ちょうど私と彼女の立場が入れ替わったような状況だったから、彼女の苦悩も何となくわかる。そして、凱旋帰国の夢破れた彼女は仕事を探し始めた。 ローマは本当にいいところだった。とにかく街がFantasticで、プライベートでは今までの人生の中で一番楽しい時間を過ごせたと思う。彼氏も出来て、結婚だって考えてた。だけど、私のキャリアという意味では、ローマにいてもただ時間だけが過ぎていくだけ。ロンドンやパリから毎日流れてくるファンド・オブ・ファンズ・ブームのニュースを見てて、このままじゃダメだ、完全に取り残されてるって思って、ヘッドハンターに電話したの。 そこから後はトントン拍子で話が進んだらしい。結局、彼女は新興ファンド・オブ・ファンズのリサーチ・ヘッドのポジションを射止めることが出来た。新しい会社だけど、インベストメントバンクで成功したカリスマが始めるビジネスで、トップクォリティの顧客リストもあるから、私は自分の考える理想のマネージャー・セレクションに専念出来そう、と嬉しそうに話してくれた。今回の彼女の転職事情については、今日まであまり詳しく聞いていなかったので、こうやってゆっくり話が出来たのは良かった。MBA取得後、新卒でファンド・オブ・ファンズの運用会社に入社して、5年間リサーチアナリストの経験があり、運用を担当していた欧州株L/SのFoFsの運用成績は年率20%近い。その後の2年間の営業経験がどう評価されるかはわからないが、彼女の履歴書も確かにそれなりのバリューがある。特にヘッジファンド業界におけるエポックメイキングなイベントであった1998年のLTCM危機を現場で過ごしていたという経験は、新しい職場の内外でもそれなりにアピールするに違いない。 彼女のイタリアでの苦労話を聞いているときには、日本の投資家はどうしてうちを(退社したというのに、うちの会社のことを話す時はまだweという一人称で語ってしまうらしい・・・)評価してくれてるの?そもそも、あなたどうやってあんなにでっかいお客さんばっかりを連れて来たの?そうか、すっかり業界通だね。などと、思い出したかのように、時折私のことも聞いてくれたり少し持ち上げてくれたりもした。また、ここに書くべきとは思わないが、実は彼女が急に思い立って会いに来てくれたのには、彼女なりに考えた理由があったこともわかった。最後に会ったのは半年くらい前だったので、久々の再会ということで他にもいろいろな話が出来た。 折りしもこの日は、彼女がリサーチアナリスト時代に投資をガンガン推奨していた欧州株L/Sのヘッジファンドマネージャーが突然引退を表明した日でもあった。そのマネージャーから投資家宛のレターには、 ちょうど40歳の誕生日を迎えるにあたり、このファンドの運用から手を引くことにしました。実は、15年前から40歳で引退してその後は家族とゆっくり過ごすということを密かな目標として頑張ってきたので、今、こういう形でその夢が実現出来そうになり嬉しく思っています。 といった内容が簡単に書き記されていた。 以前彼女が担当していたFoFsの栄光の(?)トラックレコードも、このマネージャーのリターンの貢献に寄るところが大きかった。『マーケットが間違っている』と自分の信念を貫き、かつ300%程度の比較的高いレバレッジ(欧州株L/Sでは100-200%が標準的な水準か)を常に維持するマネージャーであったため、パフォーマンスのボラティリティが高く、評価損が膨らむ度に私や私の顧客を随分心配させてくれたものだ(最近はいい意味で割と安定したパフォーマンスが続いていた)。 お互い成長した二人、そして当時話題の中心にあったヘッジファンドの『上がり』宣言。この業界に裸一貫で飛び込んで来てから今日までひたすら突っ走って来た時間の経過というものを改めて実感した夜だった。 あなたもその気になればいくらでもいい仕事見つかるよ。うちの会社はもう少し若くて安い人を探してるところだから、まだ雇ってあげられないけどね。 まったく大きなお世話であるが、彼女はそう笑って、今回ローマから持って来たという自慢のスクーター(Vespaではなく、ややごっつい感じのホンダだった。決してスタイリッシュではないのだが、いかにも姉御肌の彼女らしい選択だ。)で走り去っていった。ちなみに、このバイクならGreen ParkのオフィスからEarl’s Courtのフラットまで5分で着くそうだ。夜中のタクシーより速いじゃないか。信号なんかいちいち守ってられないんだろうな。さすがイタリア人・・・。
by th4844
| 2005-06-17 14:52
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