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2005年 07月 15日

ロンドン 同時テロ

1週間前の木曜日の朝にロンドンを襲った同時多発テロ事件は、死者50名以上、負傷者700名以上という惨劇となった。現在は国家の威信を賭けた空前の規模の大捜査作戦が展開される一方、犠牲者の身元が徐々に判明・公表されてきているところである。フェデラーの三連覇で幕を閉じたウィンブルドン、20年前を彷彿とさせる盛り上がりとなったライブ・エイト、そして2012年の五輪開催決定と、つい先日までお祭り騒ぎで華やいでいたロンドンの雰囲気は一転した。

個人的には、7月7日(木)当日は、午後に東京からの大事な来客(うちの会社が先方の新規投資候補の最終選考に残っている状態)も重なったため、極めて慌しかった。その忘れ得ない長い1日の記録を残しておく。




午前8時前:
出勤途中に、地下鉄が何らかの理由で運行停止となる。例によって、原因や復旧見通しについての詳しい説明はない。急いでいたため、さっさと電車を諦めてタクシーに乗り換えて出社。

午前9時過ぎ:
Bloombergやウェブサイトを見ていた同僚達が『市内複数箇所の地下鉄駅で爆発騒ぎ』とのニュースに触れ、オフィスがざわめきはじめる。 第一報では、電気系統の故障が原因である、というやや不可解な説明がなされていた。

午前10時前:
地下鉄爆発騒ぎの続報が相次ぐ。けが人多数とか死者が出た模様といった未確認情報が錯綜する。この時点では、昨日のIOC総会での五輪開催都市の最終選考で敗れたフランス人の仕業に違いない、といった悪い冗談が飛び交う余裕があった。一部には、テロリストの仕業に違いない、と色めき立つ者もいたが、セールス担当の元職業軍人も、『電気系統ってのはいろいろな障害を起こすものなんだ。今、これだけ警備が厳戒なロンドンで爆弾テロは起きようがないだろ』と社内で熱弁を振るう。いずれにしても、事件現場はうちのオフィスからはやや離れた地域に集中していたので、身の危険を肌で感じるようなことはなかった。

午前10時過ぎ:
地下鉄のみでなく、走行中のダブルデッカーバスの2階部分が爆発で吹っ飛んだとの報道がある。午後のプレゼンの準備に忙殺されていたためにあまり真剣にニュースをみていなかったのだが、地下鉄の電気系統や発電施設の故障でバスが吹っ飛ぶ訳がなく、『どうやら本当にマズイことが起きている』と自分のなかでようやく緊張感が高まる。死傷者が出たとの報道も続く。バスや電車が吹き飛ぶような爆発があったのだから、発表されている20数名という犠牲者数は極端に少なく感じた。オフィスの若手は、このあたりからほとんど仕事が手に着かず、インターネットニュースに釘付けになるか、海外にいる家族や友人との電話に興じている。情報収集は彼らに任せることとして、私は自身の作業を続ける。

午前11時頃:
ジュニアスタッフやアシスタントの出社が遅れている。事故現場は彼女達の出勤経路から外れているとはいえ、安否の確認が取れずやや不安になる。携帯電話は混線していて一切繋がらない模様。午後に来社予定の顧客とも連絡がとれない。シティでは退避命令を出す投資銀行も。

午前11時半:
インターネットラジオからブレア首相の緊急声明が流れる。もともと弁舌爽やかな人物ではあるが、こういう時の彼のスピーチには本当に感心する。彼がサミットの会場であるグレンイーグルからロンドンに急遽戻ってくるという事実が、事態の深刻さを物語っていた(すぐに、『そりゃ、こういうときはブッシュだって帰ってくるだろう。当たり前だな』と思い直したのだが・・・)。さっきまで『テロなんか出来る訳ないだろう』と笑い飛ばしていた元軍人も面目丸つぶれとなり、すっかりおとなしくなってしまった。

午前12時頃:
あてにしていた若手が出社出来ていないため、午後のミーティングに備えて、慌しく資料の最後の手直しとバインディング作業をする。日本から安否を気遣う電話が何本か入ってきたりして、かなりドタバタ。せっかく同僚が買ってきてくれたサラダとパンを食べる時間がない。こちらで認識しているよりも、テレビでショッキングな映像を垂れ流されているのか、日本の人たちはかなり心配しているようで、『いやいや、あっちの方は大変そうですが、うちは今のところ大丈夫です』というと、ちょっと拍子抜けされたりもする。

午前12時半頃:
ようやく行方不明のスタッフと連絡が取れた。出勤途中の駅で足止めをくらっていたようだったので、今日は自宅待機としてもらうこととなった。一方、依然として日本から来ているはずのクライアントとの連絡はつかない。彼らが地下鉄やバスで移動しているとは考えられないので、事故に巻き込まれている可能性は極めて低い。とはいえ、市内の交通機関が麻痺しているためタクシーも殆ど捕まらないと思われ、来社するとしても大幅に遅れるものと予想していた。個人的には、連絡が取れ次第、顧客の滞在しているホテルまで歩いて出向いてプレゼンを行う形に持っていくのがベスト、という気持ちに傾く。

午後2時前:
予想に反して、日本からの顧客が時間通りに来社。午前中の予定がウェストエンドだったので、テロの影響は特になかったとのこと。予定通りにプレゼンを進めてほしいとの先方の言葉を受けて、入れ替わり立ちかわりの社内総出のプレゼンを行う。年に何度か日本から有力な投資家が来英する度にこういう大きなプレゼンをするのだが、今日はみんな『comprehensiveかつconciseに』という私のお決まりの要望に近い形で話してくれた。

午後5時半:
当初の時間を若干オーバーして、5時半に全日程が終了。プレゼンは思った以上に上手くいった。クライアントからは、帰り際に極めて前向きなフィードバックを頂けた。この規模のディールをやることになれば本当に久々で、全社的な収益にもそれなりのインパクトをもたらす。頑張っているのに結果に繋がらない時期というのもあったわけで、そういうことも含めて、これまでの努力が報われたような気がした。市内の様子がその後それなりに落ち着いているようなので、少し時間を繰り上げて夜の懇親会も実施することとなった。こういう日に接待というのも何か不謹慎な気もしたが、よく考えれば、クライアントの方は、どのみちどこかで食事しなければならないし、こんな夜に見知らぬ土地で放り出されてもそれはそれで不安だろう。一方、依然として地下鉄・バスが止まってタクシーも殆ど捕まらない状況なので、どこの会社も社員は徒歩で帰宅しているらしい(どこの店でも女性用のスニーカーが飛ぶように売れたとか・・・)。我々としてもどのみちすぐには帰れないので、急いで仕事を切り上げても仕方がない。それに、深刻な危険がないのであれば、むしろ我々が落ち着いた態度を取り続けることこそが、顧客を安心させることになる。

午後7時:
プレゼンで席を離れている間に東京やニューヨークからのボイスメールやメールがたまっていたので、手短に無事を伝える返事をして、顧客宛に毎週木曜に出している週次報告書を超特急で作成してから(こういう通常業務をきちんとこなしておいて初めて、本当に『無事』であることが伝わる)、社内の主要メンバーとともに慌しくオフィスを出て、徒歩圏内にあるレストランでクライアントとのディナーに臨む。初めて行く店だったのだが、25年前からやっているイギリス料理店ということで、一抹の不安を胸に出かけたのだが、行ってみればインテリアや庭がなかなかモダンな感じで、非常に雰囲気の良いレストランだった。しかも、従業員の8-9割がフランス人だったこともあってか、料理の方もあまりイギリスっぽくなく(というか、ほとんどフランスっぽいアレンジで)かなり美味しく、ほっと一安心する。

午後10時過ぎ:
豪奢なデザートの盛り合わせまで十分堪能したところで、ようやくお開き。終始笑い声の絶えない良い懇親会であった。こういう席でのうちの上層部の身のこなし方はさすがという他ないが、今回はクライアント側も、かなりシニアなレベルにも拘わらず英語をあまり苦にしないタイプの方々であったことにも大いに助けられたと思う。我々の周りのテーブルの客たちも皆和やかに談笑していて、テロがあったということを全く感じさせない3時間だった。うちの秘書のおばさんが『こういう日は、タクシーが3台必要なら5台は呼んでおかないとダメ』といってあちこちに車の手配をしてくれていたのだが、実際に約束の10時に来た車は本当に1台だけ・・・。仕方なく、徒歩圏内在住の3人を残して、クライアント2名と当方2名で相乗りして帰った。出発してほどなく、無事にクライアントのホテルに到着し、あとは上司と2人でリラックスして家路に着く。私の上司はフランス育ちのユダヤ人なのだが、アクセントからタクシーの運転手がオーストリア系のユダヤ人であることを割り出し(かなり驚いた)、『つい最近まではロンドンのタクシーの運転手の半分以上がユダヤ人だったんだよな』などといった他愛もない話に花が咲く。実は運転手氏が来年、奥さんと初めての日本旅行に出かける予定とのことで、京都にいくならあそこにいけ、新幹線のダイヤは凄まじく正確だぞ、などという話にもなった。軽口をたたく上司をハムステッドの自宅前で降ろしたあと、広くなった車内に上着と鞄を投げ出して、さらにリラックスしながら、1人長かった1日を振り返る。ロンドンに来てからいろいろなことがあったが、今日ほど盛りだくさんの日はそうあるものでもない。窓の外に目を遣ると驚くほど車の往来が少ないが、とはいえ、ぶらぶらと通りを俳諧している若者の姿もあり、街が死んだように静まり返っているというような雰囲気ではなかった。

午後11時半:
帰宅すると、妻がそれこそ玄関で待ち構えていた。朝から付けっぱなしであったであろうBBCはテロ事件の続報を延々と伝えている。これをずーっと見ていたら、呑気に接待にまで出かけていった旦那の行動は理解不能だったに違いない。気疲れと安堵の入り混じった彼女の笑顔を見て、心配される人間というものは心配している人間の気持ちなど全然汲めていないものだと改めて気付かされる。

午前0時過ぎ:
気持ちよく酔っ払っている上に、前夜は明け方近くまでかかって50頁のプレゼン資料の翻訳作業をしていたこともあって、やはりあっという間に眠くなってきた。ニュースを見る限り、交通機関はだいたい復旧の目処が立っているようではあったが、大事を取って、明朝(日本から来英している知人との朝食の約束がある)のタクシーを手配してから就寝。


ということで、幸いなことに、今回は自分の周りはみんな無事で、翌日からも通常通りに業務を続けている。オフィスや街角、通勤途中にすれ違う人たちの様子から判断する限り、恐らくは事件に自身や知人が巻き込まれた人や事件現場近辺に立ち入る人を除いては、普段の生活に大きな変化は起きていないように見える。楽観的というのではなく、落ち着いているという表現が一番しっくりくるのだが、要するに、もともとある程度覚悟が出来ていたということに尽きると思う。911以降、ロンドンは常にテロの標的に挙げられてきたし、警察当局自らがロンドンにアルカイダの地下組織が相当程度形成されているという発表もしていた。また、これまでにテロ未遂事件の水際での摘発についても頻繁に報道されている。加えて、昨年のマドリードでの同様のテロ事件(311)の際には、本当にいつここでこういうことが起きてもおかしくない、というリアルな緊張感を味わった。だからこそ、自分達の安全を一段と脅かすことになりかねないイラクでの戦争続行に反対する人々も多かった。そういう意味では、今回の事件は勿論ショックではあったものの、決して驚きではなかった。NYでハイジャックされた飛行機が高層ビルに突っ込むとか、東京でサリンが撒かれるとかいうようなunbelievableな事態ではなかったと言える。そもそも、ひと昔前は、ロンドン市民は常にIRAによるテロの脅威と隣りあわせで生活していたという実績がある。

とはいえ、テレビで事件現場の凄惨な映像や悲嘆に暮れる遺族の姿を目にすると、やはり重苦しい気持ちになる。爆発の起きた場所も、よく知っているところばかりだ。ニュースでは連日『今回の事件はテロリストが海外からやってきて爆弾をしかけていったんじゃなくて、イギリス生まれ/イギリス育ちのテロリストが自爆テロをしかけたという意味で、これまでの脅威とは全く異質。これはイスラエルやイラクの街角と何ら変わらない状況といえ、恐ろしい時代に突入してしまった』といった煽り方をしており、そういう話を毎日刷り込まれていると、たしかに、『好むと好まざるとに拘わらず、我々はThe war on terrorを積極的に推進している交戦国の住人であり、いわばその戦場に住んでいる』という厳然たる事実を強く意識させられる。

それにしても、ワールドトレードセンターやペンタゴンといった、にっくきアメリカの資本主義や覇権主義の総本山のような場所ならまだ想像出来るが(決して一分たりとも肯定するものではないが)、マドリードやロンドンの通勤電車といったいわば庶民の空間を標的にすることによって、テロリスト達はいったいどんな効果を狙ったのだろうか。ただの破れかぶれの復讐としての無差別大量殺人なのだろうか。どう考えても、世界中を敵に回すだけだし、憎悪の対象であったはずのブレア政権は、どちらかといえば今回の事件を機に支持基盤を回復しつつある。在英のイスラム教徒の怒り方も尋常ではない。だいたい、電車やバスの中で自爆を仕掛けたその瞬間だって、自分のまわりには、同胞であるイスラム系の人がたくさんいたはずなのだが・・・。洗脳する側の人間はともかく、洗脳される方の人間の頭の中はどうなってしまったのだろうか。メディアでは、実行犯といわれている若者達がいかに普通の暮らしをしている人たちであったかを克明に報道していて、彼らの周囲の親しかった人たちも一様に驚きを隠そうとしない。彼ら実行犯が変人だったという訳ではなく、誰しも、どこかにふっと道を踏み外しかねないような隙があるということなのだろう。人間というのは本当に脆い存在なんだと思う。

まったく物騒な世の中になったもんだ、と呟いてみるものの、実は人類の歴史上、ほぼ恒常的に世界のどこかで戦争やらテロが常に繰り返されてきたのだから、むしろ、自分が生まれ育った時代に日本が享受していた平和というものが奇跡だったに過ぎない。本当に恵まれてたんだということに気づく。もうすぐ誕生してくる長男が生きていく時代が、少しでも平和で前向きな世の中になってほしいと、切に願う。

by th4844 | 2005-07-15 04:13 | London, UK, Europe


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