カテゴリ:London, UK, Europe( 26 )


2005年 08月 07日

サッチャーがもたらしたもの ~ 金融市場改革編

日本では小泉政権の“改革の本丸”郵政民営化の頓挫がいよいよ現実味を帯びてきて、一気に政局となりそうである。改革遂行の要諦は『危機感を幅広く浸透・共有させること』にあり、そのためには予め一定の支持基盤を固めておくことと、タイミングを見計らって一気呵成に仕上げることが大切であることは、先日のエントリーで眺めた通りであるが、『公社化してからそれなりに頑張っているようなのに、なぜこれ以上性急な民営化を進めなければならないのか?』といった呑気な主張が公然と罷り通るようでは、まだまだ機が熟していないということか。今回は、20年前のサッチャー改革の本丸となったシティの改革"the big bang"について、少し詳しく見ていくこととする。

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by th4844 | 2005-08-07 07:44 | London, UK, Europe
2005年 07月 27日

サッチャーがもたらしたもの

さすがにそろそろ調整局面入りしそうではあるものの、何度か書いている通り、ここロンドンは10年以上も好景気に湧いていて本当に活気がある。ここまでは不況知らず、インフレ知らず、デフレ知らず、失業知らずでやってきた。1997年以降政権を担当しているブレア政権(のブラウン蔵相)の巧みな経済運営も然ることながら、こうした活力をもたらしたのは、やはり20年前のサッチャー改革の功績が大きい、というのがほぼコンセンサスと言っていいであろう。では、サッチャーは一体どんな改革をしたのであろうか。彼女の一連の政策パッケージの中には功罪相半ばといった内容のものもあったが、個別の政策論はさておき、それらの根底にあった『働かざるもの食うべからず』というメッセージは、依存症ともいうべき状態にあった国民に対して強烈に“喝”を入れた。サッチャー登場以後に英国民が経験したこの意識転換こそ、彼女の残した最大の功績に違いない。

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by th4844 | 2005-07-27 06:45 | London, UK, Europe
2005年 07月 21日

私にとってのロンドン ~ 2001年編

“私にとってのロンドン”シリーズの第3話。

お世話になった銀行を退職して今の勤務先の日本法人に転職してきて早々、某日系大手証券からやって来た上司と一緒に、挨拶がてらロンドン本社に出張することになった。2001年の1月だった。

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by th4844 | 2005-07-21 03:27 | London, UK, Europe
2005年 07月 19日

私にとってのロンドン ~ 1999年編

若気の至りというのは、こういうことを言うのだろう。1997年のロンドンがあまりにも強烈な体験だったため、社会人2年目の夏休みに、当時の彼女を『オレの思い出の場所』に連れて行こうと思い立ち、ロンドン旅行を企画した。

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by th4844 | 2005-07-19 04:02 | London, UK, Europe
2005年 07月 19日

私にとってのロンドン ~ 1997年編


初めてロンドンにやって来たのは、大学卒業を半年後に控えた1997年の秋だった。中学から大学までの10年間、常にスポーツで全国レベルで勝負することを目指していた私は(力が及ばない時期もあったが、とにかく意識だけは高かった)、残りの人生については、『今度は金融の分野で世界を目指す』という、なんとも漠然とした夢を抱き始めていた。とはいえ、日本生まれの日本育ちで、大学四年間もグランドでの練習に明け暮れていて海外旅行はそれまでゼロ。最後の早慶戦を戦い終え、浴びるように酒を飲んだ後、残された6ヶ月間の学生生活、いや最初で最後の一般学生(*当時パンピーなどと呼んでいた)生活を何をして過ごそうかと考えた時に、『とりあえず海外デビューを』ということでロンドンの語学学校への4週間の短期留学を決めたのだった。

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by th4844 | 2005-07-19 02:59 | London, UK, Europe
2005年 07月 15日

ロンドン 同時テロ

1週間前の木曜日の朝にロンドンを襲った同時多発テロ事件は、死者50名以上、負傷者700名以上という惨劇となった。現在は国家の威信を賭けた空前の規模の大捜査作戦が展開される一方、犠牲者の身元が徐々に判明・公表されてきているところである。フェデラーの三連覇で幕を閉じたウィンブルドン、20年前を彷彿とさせる盛り上がりとなったライブ・エイト、そして2012年の五輪開催決定と、つい先日までお祭り騒ぎで華やいでいたロンドンの雰囲気は一転した。

個人的には、7月7日(木)当日は、午後に東京からの大事な来客(うちの会社が先方の新規投資候補の最終選考に残っている状態)も重なったため、極めて慌しかった。その忘れ得ない長い1日の記録を残しておく。

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by th4844 | 2005-07-15 04:13 | London, UK, Europe