2007年 01月 16日

イスタンブール散策日記(1)


イスタンブールには3泊してきました。とはいえ、1歳の子を小さなベビーカーに監禁(!)しながらの移動なので、あまり無理せずに日中に6-8時間くらい外出するだけにして、あとは暖かいホテルの部屋で遊ばせたり、昼寝をさせたりしていました。意外に感じられるかもしれませんが、冬のイスタンブールは雪も降ったりする日があるくらい寒いので、子供を朝から晩まで外で連れまわすのはちょっとかわいそうなんです。ということで、今回は正味2日間くらいの滞在だったと思います。




アヤソフィア

ローマのパンテオンが古代ギリシア神殿をキリスト教の教会に改築したものだというのは有名な話ですが、キリスト教がローマ皇帝に公認されたばかりの4世紀以来長きに亘ってギリシア正教の総本山であったこのアヤソフィアも、もともと古代ギリシアの神殿があったところに建てられたと言われています(火災による焼失などがあったため、現在の聖堂は6世紀に建てられたもの)。

その後、15世紀に東ローマ帝国を滅亡させたオスマントルコのマホメット2世は、コンスタンティノープル包囲戦勝利の日にこのアヤソフィアに入って静かにメッカの方角を向いてアラーの神に祈りを捧げたと言われており、後日彼はこの寺院をモスクに改造させました。さらに、20世紀初頭の二度の世界大戦に敗れたオスマントルコの帝政が崩壊すると、近代トルコ建国の父と称されたケマル・パシャはアヤソフィアをモスクから特定の宗教とは無縁な博物館へと改築させました(建物の外観や内部はそのまま保存されていますが)。

典型的なビザンチン建築の建物の中にアラビア文字のカリグラフィーが大書してあったり、モスク時代の赤い漆喰が剥がれたところからキリスト教会時代のモザイク画が顔を出していたりと、現在のアヤソフィアの外観も内部も、教会とモスクが共存しているかのような何ともユニークな佇まいとなっていて、私のような観光客を魅了してやみません。まさに、アヤソフィアの歴史には、イスタンブールの街の歴史が凝縮されているといえます。

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ブルーモスク

こちらは、オスマントルコ時代の17世紀初頭に建立された正真正銘のモスクです。ブルーモスクというのは通称で、スルタン・アフメット・ジャミイというのが正式な名称です。ジャミイとはトルコ語でモスクを表し、これはその名の通りスルタン・アフメットのために建てられたモスクで、この時代のイスラム建築の代表的なものだそうです。ただ、その外観にしても、広場を挟んでアヤソフィアの向かい側に立てられているという立地にしても、アヤソフィアを強烈に意識して建てられたであろうことは想像に難くありません。

中庭へと続く階段の前のところでは、冷たい水で手足を清めている信者が目に留まりますが、我々のような観光客はモスクの内部に入るときに靴を脱ぐだけでOKで、女性も頭を隠したりしなくてもいいみたいでした。この辺りは、トルコならではの自由な(緩んだ?)戒律のお陰かと思います。実はモスクに足を踏み入れるのは初めての経験でしたが、オフシーズンであまり混雑していなかったのがよかったのか、信者でもないただの観光客といっても邪険に扱われることなく、変な緊張は無用でした。建物の内部は、一面に絨毯が敷き詰められていて、かなり広いです。至るところに、ろうそくを灯した大きなシャンデリアが吊ってある他、大きなステンドグラスからも外の光がたくさん入ってきていますので、教会などよりも明るい感じでしょうか。その絨毯の手前3分の1くらいのスペースは観光客に開放されていて、向こう3分の2くらいは信者が静かにお祈りを捧げるために確保してあります。実際、我々がいる間にも、たくさんの男性が熱心にお祈りをしていました(女性は内部の外周部分に隣接した特設スペースでお祈りをしているように理解しました)。ところでブルーモスクという愛称は、その建物の内部にふんだんに使われたトルコの青いタイルに由来しています。天井や壁の至るところに、イズニックタイルと呼ばれるこの美しいタイルが敷き詰められていました。

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by th4844 | 2007-01-16 07:03 | London, UK, Europe


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