2006年 09月 21日

Amaranth - 不老不死の花にあらず -

週初から、超大型ヘッジファンドが5000億円を越える巨額の損失を出したというニュースが流れたので、業界内も俄かに騒然としております。第一報の時点で明らかになっている事実関係については、昨日のうちにこちらこちらに見事に纏めて頂いておりますのでそちらを御覧頂くとして、私は個人的な感想などを中心に勝手なことを書き留めておきたいと思います。



名門Amaranthを存亡の危機に追い込むほどの損失をもたらしたのは、エネルギー部門を率いていた32歳のBrian Hunter氏。天然ガスのトレーディング一筋でキャリアを積んで来た彼は、経験豊富なスタートレーダーだったなどと書かれていますが、マグニチュードこそだいぶ違うものの、実は彼がこうした巨額損失で組織に壊滅的なダメージを与えたのは今回で二回目だそうです。

彼は前職の投資銀行でも天然ガスのトレーディングで2001年、2002年と大きな収益を上げてミリオン単位のボーナスを貰っていたのですが、天然ガスのヘッドトレーダーとなった2003年には、彼のチームは11月までに100億円近くの収益を上げながら、12月にいきなり70億円近い損失を出したそうで、結局その年のボーナスはゼロで、翌年には事実上解雇に近い形で退職を余儀なくさせられています。Hunter氏はこの処遇を不服として雇用者を相手取って訴訟を起こし、2003年12月の損失は『前例の無い予測不能な相場に出くわしてしまったこと』と『悪名高いトレーディングシステムの不備』によってもたらされた事故であって、自身の過失などではないと主張しているようです。彼の主張の真偽の程は定かではありませんが、いずれにせよキャリア形成のまだ早い段階でこうしたドロドロをやってしまった人物というのは、一般的にはその後なかなか再起しにくいものです。

ところが、ここで彼に救いの手を差し伸べたのが、Amaranthだったようです。最近でこそ、原油や天然ガスの世界もヘッジファンドがうようよしている訳ですが、Amaranthは、元エンロンのHarry Arora氏を迎えてヘッジファンドの中でもかなり早い時期からエネルギーデリバティブの分野に注力していました(ちなみに、エネルギーデリバティブというのは今でもまだごく小さなムラ社会ですが、数年前はそれこそエンロンくらいしかまともなプレーヤーはいなかったと聞きます。エンロンの破綻からまだ数年しか経っていませんから、今次のエネルギーブームで各社がこの分野に進出してくる際にも、やはりエンロン出身者に白羽の矢が立つことが多かったようです)。そこへこのHunter氏を迎え入れたのですが、Hunter氏は始めはArora氏の監督下に置かれるという関係だったものの、彼の努力もあって結局数年後にはHunter氏がArora氏を追い出すような形でAmaranthのエネルギー部門のヘッドに登り詰めます。更に、昨年の夏から秋にかけて暖冬を予想する向きから天然ガスの価格が軟調に推移する中、Hunter氏は逆張りのポジションに賭けていたところ、カトリーナ・ショックで一気に天然ガスは高騰し、Hunter氏のチームはこの秋だけで1000億円規模の収益をもたらします。

こうして彼はその年末に100億円とも言われるボーナスを受け取り、グリニッジの本社を出て故郷のカナダ・カルガリーからトレーディングを行うことを許され、特権的な地位を確立します。こうした物理的な果実も然ることながら、トレーディングの方針やリスク管理における自身の裁量が大幅に付加されたことが今回の損失に大きく繋がったようです。他のどのマーケットよりもボラティリティが高いと言われる天然ガスの取引市場において、Hunter氏は平気で1兆円規模のポジションを取ったりしていたので、市場参加者の誰もが彼の動向が把握出来ていたようですが、戦場において相手に手の内が透けて見えてしまうというのはまさに致命的です。

過当競争で収益機会が逓減しつつあるヘッジファンド業界にあって、危ういとはいえ結果として数千億円規模の利益をもたらしてくれるHunter氏は、Amaranthのパートナーにとっては打出の小槌に思えてしまったのでしょう。過去のインタビューにおいて、Amaranthの創業者は『Brian (Hunter) の前職での件はよく承知しているが、彼と働いてみて、何も懸念すべき点は見当たらないよ』『弊社は20人以上のリスク管理部隊がそれぞれのチーム、トレーダーをモニターしている万全の体制を敷いている』『Brianの本当に素晴らしいところは、適切なリスクを慎重に取っていける能力なんだ』などと誇らしげに語っていたようですが、今となっては、こうした言葉もただ空しく響くばかりですね。

もっとも、このように後になってからしたり顔で批判を展開することは誰にでも出来ますし、卑怯なアプローチですらあります。しかしながら、それにしても、後でいつ誰に何を追求されても自身の言動を正当化出来るように常に自分を律しておくというのはプロフェッショナルとしての基本中の基本ですから、Hunter氏は論外として、彼の暴走を助長してしまったAmaranthという組織の方も、残念ながら非常に御粗末な体制であったと言われても仕方ありません。

それにしても、本件の情報収集にあたっては、業界内の噂や社内の情報ももちろん有益でしたが、メディアに関して言えばウォールストリートジャーナルのカバレッジが秀逸でした。このような劇的な結末を予測していた訳ではないんでしょうが、どうやらたまたまこの夏にHunter氏に会見を申し込んだりしてネタを十分に仕込んであったようなんですが、今回は量・質ともにダントツで読み応えのある記事を矢継ぎ早に配信してくれています。このエントリも同紙を大いに参照しながら書かせて頂きました。

尚、毎年ヘッジファンドの破綻や詐欺事件は何件も発生していますが、規模という意味では今回の事件はあの98年のLTCMの破綻以来と言っても良さそうです。然るに、マーケットにおける二次災害や、社会的なインパクトという意味では幸いなことに本件もLTCMには遠く及ばないレベルに留まってくれています。では、これを以って、『ヘッジファンド業界は90年代の揺籃期から、今世紀に入ってからの成長期を経てだいぶ成熟してきた』という結論が導出されるのでしょうか。この点については、以前から少々思うところがありますので、また次回に書いてみたいと思います(ではその次回の更新はいつになるのか?という厳しいツッコミが入りそうですが、なるべく時間を空けないようにしたいとは思っています)。
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by th4844 | 2006-09-21 04:33 | Hedge Fund


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