2006年 07月 20日

West Loathian Question

昨年の総選挙で圧勝し(2001年ほどではありませんでしたが、それでも戦前の予想を裏切って意外なほどの完勝でした)、首相在任3期目に入っているブレアですが、昨年から『次回の総選挙は戦わない』と繰り返し発言しています。これは『次回総選挙のある2009年前半までには退陣する』という意味ですから、言葉通りに受け取れば彼はまだあと2-3年くらい首相でいるつもりのようです。イラク戦争対応ですっかり人気を失ってしまって以降、彼も巻き返しを図ってそれなりに頑張っているようですが、最近は閣僚の不祥事が相次いで地方選で惨敗したり、不正融資スキャンダルが発覚するなど(これは保守党にも似たようなことが発覚しているので相討ちです)、相変わらず政権浮揚のきっかけが掴めません。もうすっかりブレアに飽きてしまったメディアからは、もっと早い時期での引退まで勧告されています。

さすがにこうなってくると、ますます『次』についての憶測が熱を帯びてくるのですが、1年くらい前までは、『ブレア退陣=僚友のブラウン蔵相への禅譲』を意味していたのですが、最近は保守党の新しい顔キャメロン党首が浮動層の支持を伸ばしており、そもそも『いつ』よりも『誰に』首相が変わるのか、予断を許さなくなってきています。

今のところ両党ともに有力な対抗馬は見当たらないため、次期首相の座はこの2人に絞られたという雰囲気になっています。

ゴードン・ブラウン蔵相:ブレアとともに若い時から労働党の近代化主義者(モダナイザー)として頭角を現しました。43歳だった1994年の労働党党首選で有力視されていましたが、出馬表明をするかに見られた土壇場になって、ロンドン東部にあるGranitaというレストランでブレア(当時41歳)と2人で会食した際に、ブレア支持に回ることを決断しました。ブレアは『オレが首相になったら、経済政策は全て任せる』『必ずそう遠くないうちに党首(=与党の座にあれば首相)の座を譲る』といって説き伏せたと言われています。97年にブレア政権が誕生すると蔵相として、マーケット・フレンドリーな改革を矢継ぎ早に断行し、他方で財政出動と減税を織り交ぜつつ息の長い好況を保つなど、経済運営の手腕に対する評価は非常に高いです。ただ、最近はGranitaの密約から10年以上も経った今も禅譲の約束を果たさないブレアに痺れを切らし、ブレアの中道路線に否定的な党内の伝統的勢力(労組系または地方系議員)の力を借りて反対勢力を結集しているため、ブラウン政権が誕生した暁には、労働党は労組寄り・左寄りの大きな政府に先祖返りしてしまうのではないかという懸念も大きくなっています。

デビッド・キャメロン保守党党首:昨年の総選挙で惨敗したマイケル・ハワードが辞任した後の党首選を30代の若さで制しました。一言で言えば、富豪の家に生まれたおぼっちゃま。政策や路線に特に主義主張は見当たらないものの、その若さと持ち前の人懐っこい笑顔で『(すっかり精彩を欠き続けている)保守党も変わらなければ』と訴えたのが大衆受けしました。かつてブレアが“新しい労働党”“新しい英国”を唱えて保守党の伝統的な支持基盤を徐々に切り崩していったのと同じように、今度はキャメロンが保守党らしからぬ“人に優しい”政策を打ち出したりして、長らく労働党に擦り寄っていた中産階級の支持を挽回したりしています。

ただ、はじめは『首相は即刻退陣しろ』と威勢が良かったキャメロンでしたが、『思ったよりも相当しぶとく、そして何より自分と同じく“チャーム”を武器にする手強いブレアをこれ以上叩き続けるよりも、次を争う真のライバルであるブラウンを攻撃する方が得策である』とばかりに最近はブラウン叩きに血道を上げています。曰く、

『ブラウン蔵相は景気が減速するとマズイからといって、際限なく財政支出を増やし続けている。こんな経済成長はまやかしだ。ブラウンの放漫財政のツケを払うのはいったい誰か?』
『ブラウンの取り巻きは大きな政府の信奉者ばかりじゃないか。こんな人間が首相になったら、今までの公約なんてコロッと転換するに決まっているから、彼に改革を遣り通すことが出来るわけない』

などなど。確かに元々典型的な左派政治家であるブラウンの先祖帰りリスクというのは現実味を帯びており、私の周囲でも次は保守党政権を望む声が圧倒的に多数派を占めています(まあ、そもそも労働党支持のバンカーやヘッジファンドマネージャーというのも違和感がありますが・・・)。

ただ、『叩けばいいっていうものでもないだろう』と思わず言いたくなってしまったのが最近の所謂ウェストロージアン問題の再燃です。




ウェストロージアン問題とは、スコットランドの自治権に関連して保守党が度々喚起する原則論で、古くは70年代から議論されていたようです。もともと関連する複数の問題点を包括的にウェストロージアン問題と呼んでいたようですが、現在の議論の中心は、『スコットランドは独自の議会を持ち、スコットランド域内に関する施策を独自に決められるのに、イングランド域内に関する施策(でスコットランド等には関係のないこと)はその他のUK全般の問題と同様にウェストミンスターで討議されるので当然ながらスコットランド選出の議員にも投票権が与えられている。この非対称性は説明がつかない。』というポイントです。

医療や教育に加えて老人介護までもスコットランド政府の完全負担で賄われるなど、伝統的にスコットランドの地方行政はイングランド等と比べても『さらに大きな政府』路線を継承しています。そして、この手厚い社会保障政策の財源はというと、スコットランド政府の年間予算(約5兆円)のうち自主財源は1割未満に過ぎず、残り9割以上は連合王国からの補助金に依存している状態です。多少の活気は出ているものの、基本的にスコットランドの経済はロンドンを中心とするイングランドの都市部の豊富な税源からの施しで支えられていると言って差し支えありません。要するにスコットランドは英国内では経済的弱者という位置付けなんですね。誤解を恐れずに言えば、伝統的に社会的弱者に手厚いのが労働党で勝ち組(?)に優しいのが保守党ですから、昔からスコットランドは労働党の大票田になっていて、保守党はスコットランドに対して辛口の態度を採り続けています。

97年に久々に政権を取った労働党は、首相のブレアがスコットランド出身であることも手伝って、公約通りに矢継ぎ早にスコットランドの自治権(地方分権、Devolutionなどと言われます)を拡大する法案を可決していきます。その結果292年振りにスコットランド議会が復活し、地方交付金の使途についてのフリーハンドを与えられ、老人介護無料、キツネ狩の禁止(後にイングランドも追従)といった、独自の施策を実行してきました。まあ、ここまでは特に大きな問題にはなりませんでした。

ところが、最近は重要法案の採決において、与党内にも造反者が多発するなど与党執行部は非常に際どい議会運営を強いられています。勿論、折をみて政局にしてブレアに揺さぶりをかけようという党内非主流派の思惑も多分にあってのことなのですが、結果として見ると、例えばイングランドの大学の授業料の引き上げをする法案ではイングランド選出議員の間では賛成票が過半数に満たず、スコットランド選出議員が賛成票を投じたために辛くも法案が可決されたというケースがありました。スコットランドの大学の授業料はスコットランドの議会で無料で据え置きと決まっているわけですから、スコットランド選出議員にとっては『どっちでもいい問題』ともいえ、政策の良し悪しよりも多数派工作の巧拙が法案の成否を左右しかねない状態です。

こうした状況を捉えて、野党保守党は『こういう歪んだ状況は改善すべきだ。イングランド選出の国会議員がスコットランドの政治に関与出来ないなら、スコットランド選出議員もイングランドの問題には投票を認める訳にいかない。』と俄かに声を大きくし始めているのです。

この保守党の主張が真に意味するところは、まず、『スコットランド選出議員はイングランドの問題に口出しすべきでは無い→スコットランド選出議員が率いる内閣はイングランドに関する法案を議会に提出すべきではない→スコットランド選出議員であるブラウンは英国の首相に成る資格は無い』ということです(ブレアはスコットランド出身ですが、選挙区はイングランド北部なので、こういった批判には該当しませんでした)。とはいえ、『スコットランドからは永久に首相を出させない』というのは、さすがに世論的の賛同を得にくい極論です。新聞の論説なども、この件については努めて冷静な反応をしていますが、保守党も『そんなこと言うヤツがあるか?』というストレートな反発に見舞われるのは百も承知だったのでしょう。『原理原則からいえば、スコットランド人だけに一方的にイングランド地方行政への介入を認める訳にはいかない。それが嫌なら、そもそもスコットランドにだけ独自の議会を作ったことが大間違いだったということになるが、そんな過ちを犯したのは一体誰であったか?』と、待ってましたとばかりに労働党の“失政”を責め立てるというのが理想的な展開なのでしょう。

従来の保守党のイメージであれば、これくらいの強硬な言論は朝飯前だったのでしょうが、そういうコワモテの態度が受けないからこそ、保守党はキャメロンを党首に据えた訳です。それなのに、ブラウン攻撃に執心する余りに、また不自然なくらいにタカ派的態度を振りかざしているのを見ていると、保守党の“営業戦略”の一貫性というものに疑問符がついてしまいます。保守党も労働党も党内の守旧派の影響力で先祖返りする可能性があるということは、やはりブラウン、キャメロンともに、まだ党内を纏めて次の政権の座を掛けた一騎打ちを展開するほどのリーダーシップは握れていないというのが実情なのかもしれません。

ちなみに、この積年のWest Lothian Questionに対するWest Lothian Answerというのはまだ国内の世論も纏まってはいませんが、比較的よく目にするのは、『原理原則を振りかざすのもいいけど、現実的にはあんなに地元が熱烈的に支持しているスコットランド議会を廃止する訳にもいかないだろう。冷静に考えれば、スコットランドだって国防や外交、徴税といった国家としての最重要課題についてはウェストミンスター(ロンドンの国会)に一任している状態なんだから、これは国を二分するような大問題ではない。イングランドだって、スコットランドやウェールズ、北部アイルランドの分離・独立を願っているわけではないんだから、まあ何か良い知恵が出てくるまでは穏便にすませようや』という何とも英国らしい功利主義的なアプローチです。今回の保守党のご乱心は、blatantly party politics(あからさまな党利党略)に過ぎないというわけですね。私のような部外者が口出しするのも憚られますが、でもその通りではないかと思います。
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by th4844 | 2006-07-20 06:39 | London, UK, Europe


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