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2006年 04月 04日

ひとりごと


『もしもおカネの心配がいらなかったとしたら、自分のキャリアや人生についてどういう選択をしてきたんだろう、そしてしていくんだろう?』

先週友人と飲んでいた時に、ふと思ったことです。




これまで職業選択に当たってはそれなりの納得感を持って意思決定をしてきたつもりです。また、自分が一番大切にしてきた『成長機会の最大化』についてはそれなりに実現していると思いますので、後から振り返ってみてもこれまでの選択はおよそ正しかったんだろうと満足しています。

しかし、改めて『報酬を度外視してもずーっと続けたいと言えるほど仕事に惚れ込んでいるか?』という青臭い質問に正面から対峙してみると、いかに自分がちゃっかり打算的な要因も考慮していたのかということに今さらながらハッと気付かされます。

確かにきれいごとばかり言っていられないのが現実の生活ですから、恐らく普通の人のキャリアパスとは blind pursuit of material success と quest for spiritual life のどちらでもなく、だいたいその中間くらいに位置しているんだろうと思います。とはいえ、人間とは実にか弱い生き物で、家族が増えたり小さな成功(昇進だったり昇給だったり?)を収めたりして守りたいものが出来ると、或いは単純に少しずつ加齢していくと、無意識のうちにその軸が何となく前者の方にずれて行き易い気がします。また、『将来社会に貢献出来るように今は先にお金を稼いでおきたい』という考え方を耳にすることもありますが、これは要するに先に自分の心の中に負い目を作っておいてあとで埋め合わせをする、ということですので、結局のところチャラにしておしまいということにもなりかねません(貯金が貯まるほど心の中の借金が増えるというのは何とも不思議な構図です・・・)。

人の上に立つ立場の方々の話をいろいろと見聞きしていても感じるのですが、目先の損得勘定と信念のどちらが自身の言動のドライバーというか行動規範になっているのかで、その人のコミットメントというか迫力にずいぶんと大きな違いが生じているように思います。とすれば、やはり願わくば『おカネの心配がいらなくなったとしても、オレはボランティアでもいいからこの仕事を毎日続けていきたい』と言えるような天職について、それに誇りに生きていきたいものです。そう言い切れない場合には結局その仕事がそれほど好きではないということになるのでしょうし、そう言い切れる強さは、何事にも変えがたいなと思うのです。

こういうことは古今東西で語り尽くされた話だとは思いますが、先々への自戒を込めて少しだけ考え込んでしまったのでした。
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by th4844 | 2006-04-04 05:03 | Career


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