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2006年 02月 23日

日本語をきちんと書くことの難しさ

eメールが普及してからというもの、仕事をする上で素早く正確に、しかも無用な誤解や拡大解釈を生まないようにきちんとした文章で伝えることがますます大切になったと思います。ファイナンスの専門知識や英語力、Excelのスキルなども勿論ですが、責任ある仕事を任せてもらいたいのなら、やはりまともな日本語を操れるという一見当たり前にも思える能力も肝要ではないでしょうか。偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身が“書く”ということに初めて真剣に対峙したのはたぶん人よりもちょっと遅くて、新卒で銀行に入ってからのことでした。

新人研修が終わって営業店に配属されてすぐに、当時の副支店長が我々総合職同期3人のために一席設けてくれたのですが、その際にこんなことを言い渡されました。『毎年、うちの支店には総合職1人と一般職数人くらいの新人が配属されてくるんだけど、今年はどういうわけだかもう一般職の新人が6人も来ていて、その上にキミ達3人が来たもんだから、はっきり言って細かいところまで見て上げられないかもしれない。オレはまだいいけど、うちの支店長なんかは取締役で忙しい身でもあるから、キミ達と接触出来る機会は本当に限られている。それでまあ考えたんだけど、明日から毎朝キミ達は日経新聞の中から気になった記事をスクラップにして一言コメントを添えて提出しなさい。それに、銀行の状況についていろいろと思っていることがあるんだったら、そこに好きなように書いてくれてもいい。』



翌日の通勤電車の中でいつもより真剣に新聞を斜め読みしてみて、とりあえず初日なので一面に載っていた記事(銀行の不良債権処理状況とかそごうの債権放棄とかそういう話題だったと思います)を使おうと決めます。朝一番の仕事を済ませてから席に着き、目星をつけておいた記事を切り抜いて真新しい大学ノートに貼り付け、その横に汚らしい字でほとんど記事の内容を要約しただけの『コメント』を10行くらい書き添えて、確か同期3人で雁首揃えてノートを副支店長のところへ持参したように記憶しています。『おお、やってきたか。あとで読んでおくから、そこに入れておいてくれ』という指示に従って、ノートを副支店長の未決箱に入れてその場を去ります。日中どたばたと過ごしていると、午後になって我々のノートが返ってきました。そこには、期せずして副支店長から短いコメントが添えられていました。

職場の先輩達に、『そんなことしてもらってんのか?今年の新人は期待されてるねえ』とか『あの副支店長は見てないようでいろいろ見てるぞ。せっかくの機会だからどんどんアピールしろ』などと焚きつけられたこともあってか、素直に『よし、じゃあ明日から張り切ってやってみよう』という気持ちになりました。それに、同じ支店に同期が3人いるというのも、やっぱり嫌でも比較の対象にされてしまうので、『あいつらより露骨に見劣りするものを書くわけにはいかない』などと妙に意識してしまったりもします。何しろ当時の私は『大学だけじゃなくて銀行までスポーツ推薦で入れてもらった』と思われるような状態(*勿論、そんな枠があるわけありませんが、そう思われても仕方がない存在だったということです)ですから、日経新聞の記事の内容をきちんと把握するのも簡単なことではありません。いや、もっと低次元な悩みとしては、毎晩遅くまで飲み歩いていたので、恥ずかしながら寝不足&二日酔いの状態で朝から新聞を読むという行為すら結構な苦痛だったのです・・・。毎朝7時過ぎに出社していたのですが、この時間帯だとまだ電車もまだ空いていたので、ついついシートで眠ってしまったものです。

ただ、そうは言っても毎日続けているとだんだんとペースが出来てきました。副支店長は、私達のコメントに良くかけている部分があれば赤線を引っぱり、的外れなことを書いていれば『?』と大書して、その他にも大体毎日一言感想をつけてくれました。また、廊下ですれ違った時などに『読み手も忙しいんだから、コメントはもっと簡潔に』『時間を掛け過ぎるな、15分以内で書け』『もっといろいろな話題を書け』『マスコミの論調に安易に迎合するな』『一度、シュンペーターを読め』などと声をかけられるので、私の方もそれらを少しでも反映させようと張り切りました。しばらくの試行錯誤を経てどうにか文章としての最低限の水準をクリア出来るようになったのか、そのうちこの日記が副支店長から支店長にも回覧されるようになり、なぜか支店の先輩達もたまに盗み読み(?)してくれたりするようになりました。さらに、これを見た我々の一年上の先輩までもが、ある日『副支店長、私も同じようにスクラップ記事にコメントを添えて提出しますので、お時間のある時に読んで頂けませんでしょうか』と参戦してきたりもしたので、また少し微妙な競争意識が生まれます。

この新人教育用の交換日記は結局半年以上続いたのですが、『だいぶよくなった』『今日のは面白かった』などと次第に前向きなフィードバックがもらえるようになると、少しずつ自信も芽生えてきて、『同期に見劣りしないように』という後ろ向きだったモチベーションも、『いかにオリジナリティを出すか』というポジティブなものに変わってきました。何しろ、私の場合は副支店長から直々に『もう学生じゃないんだから、酒を飲んでアピールするのはやめろ』という不名誉な警告を受けてしまった前科もあったために、いかに『脳ミソ筋肉』『とりあえず元気』という第一印象を払拭して『意外に、こいつ頭も悪くないかも』というイメージを植えつけるかに腐心しました。意識的に海外のニュースやマーケットの動向などについても取り上げるようにしたり、時には少し纏まった調べものをしながら週末ワイド版みたいなものを書いたりもしてみました。少しでも周囲にキャッチアップしようと本をたくさん読む癖がついたのもこの頃です。

新人のジョブローテーション期間が終わって融資&法人営業の前線に出されるようになると、いよいよ本物の機密資料や文書の山に囲まれる世界でした。取引先との数十年に及ぶ取引関係を辿ってみると実に様々な局面がありますが、その時々の担当者が残した無数の稟議書やメモの中には、本当にため息が出るほど充実した内容のものも散見されます。極秘マークのついたメモにはかなり生々しいことも克明に記録されています。上司や先輩、本部の審査部門からもらうコメントやら彼等が残した文書もまさに生きた教材で、仕事の遣り方は勿論、図体の大きな組織の中で文書主体で仕事を進めていくというスタイルを徹底的に学んだ気がします。リアルタイムで案件に拘わっている人たちは勿論のこと、20年後の担当者が読んでもすっとわかるような簡潔かつ包括的な記録を満遍なく残す、というのは社会人に成り立ての私にとってはそれなりのプレッシャーでした。銀行の中にいれば、そうした流儀がスタンダードになっているのであまり強くは意識しませんでしたが、ひとたび転職して他のバックグランドを持つ人たちと触れ合う機会が増えるにつれて、優秀な銀行員達の文書作成能力や処理能力といった有能な社内官僚としての素養のレベルの高さを再認識させられたものです。

ちなみに当時の支店長は、まさに豪傑と呼ぶに相応しい武勇伝の絶えない人でしたが、かつて若い頃に調査部門にいた時には意外にも木目細かいスタイルで仕事をしていたようで、『産業調査なんてのは頭が悪くなければ誰でも出来る。だからオレはとにかく小説を読んで、作家の文体を盗んだ。だいたい、人には好みの文体っていうのがあるんだ。だから、誰に出す文章かによって、よし今日は司馬遼太郎でいこうとか、あの部長にはこれでいこうって、変幻自在に書いてたもんよ』だそうです。交換日記のコメントを褒められるようになっていい気になっていた私も、この話を聞いた時には『さすがに、そこまでは出来ないなあ』と衝撃を受けたものです。最近はいよいよ新聞報道でも頭取候補の一角として取り沙汰されるようになってきたようですが、非常に男気のある人なので、是非そうなってほしいものだと密かに楽しみにしています。


(ところで、『毎日、簡潔に、幅広いトピックを取り上げて』という副支店長の教えが、残念ながらこのブログには全く反映されていないですね。三つ子の魂百までとは良く言ったものです・・・。)
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by th4844 | 2006-02-23 06:11 | Career


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