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2006年 02月 14日

In the long run, we are all dead. (John Maynard Keynes)

『長期的に見れば、我々は皆死ぬ。ジョン・メイナード・ケインズ』とだけ書かれた哲学めいたページで始まるピッチブックを彼が初めて持ってきたのは、もう1年以上も前のことです。それから紆余曲折がありましたが、いよいよ友人が立ち上げたヘッジファンドが運用を開始しました。こういうご時世ですからヘッジファンドの設定自体は珍しいことではありませんが、彼の場合はその運用戦略がややユニークです。

一言で言うと、ライフポリシー(生命保険契約)の買い取りということになるのですが、例えばあるおじいさんが若い頃から掛け捨ての生命保険に加入しているが、70歳を過ぎた今でもピンピンしている。子供はとうに独立して孫も生まれ、自宅のモーゲージも完済してある。自分が死んでも奥さんには迷惑をかけないだけの貯金もあるし、もはや、これ以上保険を継続していくメリットも無い。そんな時、私の友人がこのお年寄りの保険を“時価で”買い取ってあげるというのが基本的な投資戦略です。私の友人は、保険契約を買い取った後に、お爺さんの代わりに掛け金を払い続ける代わりに、おじいさんが亡くなった時には、保険金を丸ごと受け取ります。そう、つまり私の友人はこの老人が『思ったよりも早く死んでくれる』と儲かるわけです。反対に、余命が3年くらいだと思っていたのに10年も生き長らえてしまうと、私の友人は予想外のコストを負担することになります。




とりあえずは1件1億円 x 100人 = 100億円くらいのポートフォリオを作るつもりらしいので、100件の買い取りが終わった後、彼は毎日自分のポートフォリオに入っている100人の契約者が少しでも早く死んでくれることを祈りながら過ごすことになります。『くそー、ジョージじいさんのやつ、あれから3年も経つのに病気一つしないじゃねえか、いったいどうなってるんだ!』とか、『おお、リズばあさんに意外に早く腫瘍が見つかったらしいぞ!』などと一喜一憂するというのは、私のような素人が話を聞くとあまり気持ちの良いものでもありませんが、彼の話によると米国の富裕層を中心に、『自分が死ぬまで貰えないと思っていた保険金を生前に受け取って、元気なうちに夫婦でもうちょっと贅沢したい』というような動機から生保契約を早期に資金化するというニーズが非常に高まっているそうです。しかも、これからベビーブーマー世代が老年期を迎えると、この傾向は一段と強まると期待されているんだとか。買い取りのディールが決まると、キャッシュを手にした老人達はすごく喜んでくれるし、その後も、(裏では3ヶ月毎に医師による詳細な診断結果を取り寄せて契約者の状態を固唾を呑んでモニターしているものの)誕生日には花を贈ってあげたりして(表面上は)極めて友好的な関係になれるんだ、と彼は得意そうに言います。

米国では、こうした高齢の保険契約者とリスクテイカーとなる先進的な投資家の間を繋ぐブローカー(AIGやウォーレン・バフェット氏のバークシャーハザウェイ等が有力)や、この市場に参入する投資家のために保険契約内容の精査をするコンサルタント(=個々の契約者の健康状態から余命を計算する会社!)も増えているようで、生命保険のセカンダリーマーケットは今後急成長が見込まれている注目の市場だそうです。現在米国の生保契約高は9兆ドルで、このうち1.5兆ドル分が65歳以上の契約者によって保有されているそうです。現在はまだ年間の売買実績は50億ドル程度だそうですが、今後5年間は累計で400億ドル程度の取引が見込まれているとのことです。

私の友人のファンドも、個々の保険契約の買取に際しては専門のコンサルタントや著名な医師の助言を仰いで投資判断を行っていますので、彼の仕事は個々の契約者の見極めというよりも、ファンドとしてどういうリスクをどれくらい取っていくのか、というポートフォリオ全体のアセットアロケーション業務が中心になります。例えば、ポートフォリオの中に占める、『まだ若いけど重病の発症可能性の高い人』と『高齢だけど比較的健康そうな人』の割合とか、喫煙者と禁煙者の割合、ガン患者の割合、寒冷地の人と温帯の人の割合といったものを、高等数学を駆使して最適化していく作業です。

ファイナンスの博士号を持っているとはいえ、債券畑出身の彼に保険の分野での経験はありませんし、彼をサポートするスタッフも、オックスフォードの数学博士等の頭脳明晰なメンバーが揃ったとは言え、はっきり言ってしまえばまだ偉大なる素人集団です。思ったよりも資金集めに時間がかかったとはいえ、それでもそんな彼等がポッと立ち上げるヘッジファンドに名前の通った複数の金融機関からそれぞれ数十億円単位のお金が入って来るのですから、やはりそれだけ魅力的な投資機会があるということなんでしょうね。まだ構想段階だったにも拘わらず、昨年はFTのインタビュー記事にも取り上げられていました。確かに株や債券、為替、不動産、天然資源、更には他のヘッジファンドとも全く異なるアルファの源泉を持っているため、分散投資効果と言う意味でも非常に面白そうです。結局自分のファンドとして立ち上げましたが、彼のところには常に『MDとして好きなようにやっていいから、うちのプロップデスクとしてやらないか?』という大手投資銀行からの甘~いオファーが来ていたくらいですから、このオイシイ分野に参入してくるヘッジファンドや投資銀行は今後まだまだ増えそうです。確かに、ケインズの言う通りどんな人間でもいつかは死ぬわけですから、保険を買い取った相手が皆もの凄い長生きをしてしまったとしても、損失の規模はある程度限定されているというのは、まあその通りですかね。

彼のファンドが今後どうなるのか。冷めた見方をすればいろいろとケチもつけられますが、裏を返せばそれだけ不安材料を抱えながらもこの新事業に賭けようと思った彼のベンチャースピリットには頭が下がります。ほぼ同じ時期にロンドンにやってきた友人として、お互い幼い子供を持つ父親として、今はただ彼の成功を祈るばかりです。
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by th4844 | 2006-02-14 07:01 | Hedge Fund


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