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2005年 12月 04日

Edvard Munch

毎朝、地下鉄の駅を出てオフィスへ向かう途中にRoyal Academy of Artsという美術館の前を通ります。『今月の展示』を告げる大きなポスターの内容に興味を惹かれることも多いのですが、何故かその中まで足を運ぶ機会がありません。

今、公開中のムンク展(Edvard Munch by Himself)も、見ておきたいなあと思いながら1週間、また1週間と過ぎてしまっていたのですが、先週金曜日の夜、ついにちらっと寄って来ることが出来ました。金曜日は10時まで開館しているので非常にありがたいのですが、私のようなふらっと寄り道系の人も多いのでしょうか、思ったよりも混雑しています。少しの行列を我慢してクロークに上着と鞄を預けた後、身軽になった解放感も手伝って、思わず正面の階段を駆け上がります。




ムンクといえば、やはりあの『叫び』ですね。あとは100年くらい前の時代を生きたノルウェー出身の人であるということくらいしか予備知識が無かったのですが、幸いなことに、展示は年代別の構成になっているので、各展示室内のパネルとヘッドホン・ガイドから得られる情報を辿っていけば、それなりにムンクの生涯とその作品について学べるような仕掛けになっています。

若い頃は自然派的な作風だったものの、パリの後期印象派の影響などもあって、『いつまでも室内で読書する人とか、編み物をする女性の絵ばかり書いていてもしょうがない。彼や彼女は生身の人間で、息遣いがあって、愛情や苦しみといったものを感じているんだ』という考えに転向して、その後は人間の内面的な主観というものを強調して表現しようとするようになった。そして彼がその生涯を通じて描こうとしたのは(そして恐らく常に彼の頭の中を支配していたのは)、死や性、そしてそれらと向き合う人間の孤独や苦悩といったテーマであった。そうした彼の価値観の醸成には、彼が5歳の時に母親が、そして14歳の時には姉が、相次いで結核で他界していることが影響している。また、同じ芸術家だった女性との交際がもつれて自らの左手中指を拳銃で打ち抜いた事件(!)もあったが、彼女との屈折した関係も彼の女性観に影響しているはずだ。30代のうちに、その名声を確かなものにした後は、アルコール中毒になったり精神病院で療養生活を余儀なくされたりもしたが、それらを克服した晩年は若干画風が明るい感じになった・・・。


今回の展示は、彼の描いた自画像または彼自身がモチーフに入っている作品にフォーカスされていて、その大半がノルウェーのオスロ美術館やムンク美術館からの貸し出しだったようです。すごい顔をした彼自身が右手中央に描かれている例の『叫び』も、版画の作品が1つ出ていました。『1つ』というのは、私は知らなかったのですが、『叫び』は“少なくとも4点”実在するらしいのです。そういえば、確か『叫び』のうちで一番有名なものが昨年オスロ美術館から白昼堂々と強盗に持ち去られたという衝撃的なニュースがありましたよね。さて、『叫び』に限らず、彼は同じモチーフの作品を何度も何度も書き上げています。同じ構図の作品が何枚も並べられているのを眺めていると、インスピレーションやイマジネーションの極致のような作品であっても、やはりその完成までの道程には非常に地道で苦悩に満ちた緻密な作業が存在していることに驚かされます。

典型的な日本人の趣味だと言って笑われてしまうかもしれませんが、これまでに観た西洋絵画で言えば、やはりモネ、マネ、ルノワールといった初期印象派に始まって、後期のセザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、ドゥフィ、そしてその後のシャガールとかピカソ、ジャコメッティといったシュール・リアリズム・キュービズムあたりまでの時代の画家が好きです。ルネサンス以降の西洋美術では、数百年もの間、写実的な作風が支配的な潮流であったように理解していますが、そうした伝統から短期間のうちに劇的な訣別を遂げたこれら新時代の旗手たちのチャレンジ精神には敬意を表さずにはいられません。そういう意味で、今日お目にかかったムンクの作品も、予想通り何となく気に入りました。それにしても、彼も含めてこの辺りの人たちは、ほとんどが1900年を挟んだ数十年の間に、パリを中心とした非常に狭いコミュニティで交友があったりニアミスしたりしているんですよね。ルネッサンス期のフィレンツェにしてもそうですが、こういう巨匠がうようよしていた当時のパリの街がいったいどれだけ凄いエネルギーを発していたのだろうと想像を働かせるのは楽しいものです。後世から見れば、今の時代のハリウッドなんかも大衆文化の一大拠点みたいな位置づけになるのでしょうか?勝手なことを言えば、自分の生きた時代は、もうちょっと品のある何かを残した時代として記憶されて欲しいところですが・・・。(シリコンバレーも面白い存在ではありますが、芸術の都ではないですしね)


いつも赤ん坊の世話にほぼ孤軍奮闘している妻に申し訳なかったので、実はこのムンク展は彼女には内緒でこっそり出かけて行ったのですが、黙っていることが出来ずとうとう先程正直にカミングアウトしました。幸い、妻はにっこり笑って『どうだったの?』と言ってくれたので、ちょっとホッとしてこのエントリーを書いている次第です。

絵心の無い私にとっては、絵画鑑賞というよりは唯の見物に過ぎないのですが、それでも、寒くて暗いロンドンの冬にあって、こういう風に上着を脱いで手ぶらでささっと小1時間ばかり美術館の中を散歩するのは、私のささやかな楽しみのひとつです。
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by th4844 | 2005-12-04 21:21 | London, UK, Europe


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