2005年 10月 08日

ラブ・アクチュアリーとトニー・ブレア

英国を舞台にしたコメディで次々にヒットを飛ばしているワーキング・タイトルという映画制作会社がある。『フォー・ウェディング』(1994年)、『ミスタービーン』(1997年)、『ノッティングヒルの恋人』(1999年)、『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)などがその代表作だが、これら4作品全てで演出や脚本を手がけたリチャード・カーティスが初めてメガホンを取ったのが、2003年のクリスマスシーズンに公開された『ラブ・アクチュアリー』。ご覧になった方も少なくないのではないかと思うが(特に女性・・・)、ワーキングタイトル作品の常連ヒュー・グラントを初め、英国を代表する錚々たる俳優・女優がずらりと勢揃いした豪華キャストで送る軽いタッチの、でも意外にハートウォーミングなラブコメだ。



ストーリーとしては、親友の花嫁に思いをよせる男、弟に恋人を寝盗られた作家、部下との不倫が妻にバレてしまった社長、淡い初恋に悩む小学生、オレのユーモアはこの国のギャルにはわからないと言い残して米国へと旅立つ青年などなど、クリスマスを前に男女19人が織り成す様々なラブストーリーが同時進行で描かれている、ある意味みんなが主役の物語なのだが、多くの愛すべきキャラクターの中でもっとも目立っている1人が、ヒュー・グラントが演じる若くてハンサムな英国の新首相デヴィッドだ。デヴィッドが首相に就任して間もなく、アメリカ合衆国大統領が来英するシーンがある。さっそく首相公邸で会談が行われたが、国際協調など意に介せずユニラテラル路線を貫く大統領に、デヴィッドを初め英国政府の面々は不満を募らせる。その上、大統領が人目を盗んでデヴィッドのお気に入りのお茶汲み給仕ナタリーに無理やりキスを迫ろうとしたものだから堪らない。あらゆる案件についてことごとく物別れに終わった首脳会談の後の記者会見の場で、報道陣に今回の会談の感想を聞かれたデヴィッドは、『大統領閣下は自らの欲しいものを全て手に入れようとし、一方で本当に大切な問題については無視し続けました。英国は小さな国ですが、しかし偉大な国です。チャーチルの国、シェイクスピアの国、ビートルズ、ショーン・コネリー、それにハリー・ポッターの国です。それにベッカムの右足も。ベッカムは左足か?』『米国がこれ以上小国いじめを続けるのであれば、私はもっと強い態度で臨む用意がありますし、大統領閣下におきましても是非ともそのつもりでいて頂きたいところです』とぶちまけた。長年の対米追従外交にうんざりしていた英国国民はデヴィッドのこの反骨精神を目の当たりにして大いに溜飲を下げ、かくしてデヴィッドは国民的英雄となる ― という、この何とも痛快なシーンは英国でも大きな話題となった。


折りしもこの作品が公開された2003年は、イラク侵攻時の大義名分であったフセイン政権が保有していたはずの大量破壊兵器がいつまで経っても発見されず、ブレア首相が絶体絶命のピンチに陥っている時期。『大量破壊兵器はまだ見つかってないが、イラクの国土は広い。必ずどこかに隠してあるはずだ』『45分以内に大量化学兵器を配備可能という情報については結果として事実の誤認があったかもしれないが、それでもあの局面で下したリーダーとしての判断は今でも正しかったと信じている』などと苦しい弁明を続けていたブレアの姿にかつてのフレッシュな面影は無く、相当数の国民が失望を感じていた頃だ。

従ってこのワンシーンは、ブッシュのプードルなどと揶揄される米国追従一辺倒のブレア外交への痛烈な皮肉だ、という向きもあったのだが、私の感想はそれとは少し違った。そもそも、このデヴィッドは現ブレア首相の次に誕生した首相という設定らしいが、映画を見る限り、どうみてもこれはトニー・ブレアその人をモチーフにしているようにしか見えない。市民の喝采を浴びながら首相として初めてダウニング街10番地の登場するシーンなどは、まさに1997年のブレア政権誕生時の熱狂を彷彿とさせるし、実際、ヒュー・グラントも役作りの際にはブレアの細かい仕草などを研究して臨んだらしい。ちなみに撮影当時のヒュー・グラントは42歳で首相を演じるには相当若造りだったが、ブレアが首相に就任したのも43歳の時だった。

私にはこのデヴィッドは、『あの頃のブレア』、さらに言えば、『あの頃、みんなが淡い恋心すら抱いていたブレア』を英国人に思い出させ、ブレアにはこんな風になってほしかった、なってくれるんじゃないかと思ってたんだけどね、という理想を体現させてみた姿に思える。あの熱狂の中で、英国の人々は、恐らくブレアの実像以上の何かを期待していたはずだ。実際、彼はこの国に様々な制度の改革をもたらし、この国の人々に様々な意識の変革をもたらした。合理主義の権化のようなサッチャーとはまた違う、どこか温かみというか人懐っこい親しみを伴った新しい風だった。ただ、それから何年も経過するうちに、国民の方が夢から覚めてしまったり、飽きてしまったのかもしれない。今年5月の総選挙で思わぬ大勝を果たし、ブレアは労働党の首相としては史上初めて3期目に入ったが、それでも最近のメディアの関心は、ブレアがいつ、どのような形で後継と目されるブラウン蔵相に首相の座を禅譲するのか、という点のみに集まっていた。

そんな、殆ど賞味期限切れのようなレッテルを貼られていたブレアだが、驚いたことに最近たった1度のスピーチで一気に形勢を逆転し、輝きを取り戻しつつある。先日開催された労働党の年次党大会での彼の党首演説が実に素晴らしかった、と評判になっているのだ。

労働党の公式サイトで、そのスピーチのスクリプトが公開されている。演説の内容は、97年の政権奪取時からこれまでに取り組んできた医療改革、教育改革、インフレ鎮静化、世界平和への貢献(もちろんアフガン・イラクでの軍事作戦とその後の復興作業を含む)といった施策の成果を強調するとともに、合わせて、そうした“ニューレーバー(新しい労働党)”路線の一段の加速と、テロ対策・治安強化・EU改革(今年は輪番で英国が議長国)の推進などの決意表明などだった。政策のメニューについては特に目新しいものはなかったが、彼の選んだ言葉には、なるほど確かに随所に彼の真摯な思いが込められていたと思う。左派の労組系の頑固おじさん・おばさん達のご機嫌を損ねないようにといろいろと思い出話や苦労話、ユーモアも交えてよく練られていただけあって、この50分間の演説の後、なんと6分間のスタンディングオベーションがあったとか。独裁体制下の旧共産圏ではあるまいし、勿論、現代の英国でそんなことは異例である。

ちなみにそのスピーチの中で、ブレアはこんなことも言っていたようだ。

各国との緊密な協力なしに、英国のような小さな国は、自国の将来を安全なものとすることは出来ません。(中略)英国は、引き続き米国の最も強力な同盟国であり続けます。皆さんの中には、ラブ・アクチュアリーの中でヒュー・グラントが演じたように、私が米国に対してケンカを売ること(tell America where to get off)を期待している方もいらっしゃるようですが、ただ、よく出来た映画の世界と違って、現実の世界には人気取りのための安易な言動がもたらす結果について責任を負うべき明日があり、来年があり、次の世代というものがあります。
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by th4844 | 2005-10-08 08:06 | London, UK, Europe


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