2005年 09月 26日

straight from the gut

先週は妻の出産に立ち会うために、木曜、金曜と会社を休んだ。来週以降も、完全な休暇という訳にはいかないものの、paternity leaveということで在宅勤務なり早退なりという形でかなり柔軟に対応してもらえることになっている。欧州の会社のヌルイ雰囲気が気に障る時も多々あるのだが、こういうことがあると何も文句は言えなくなる。

さて、今回は私も妻も実家からのお手伝い部隊の出動を要請していないため、夫婦二人で文字通り手探りの状態で子育てに突入した。しかも、出産直後の女性はあまり動くことが出来ないため、専業とはいかないまでも、もうしばらくの間は私が言わば兼業主夫状態で買い物・食事・洗濯をこなしていくことになっている。そんな状況なので、先週来このブログもすっかり親バカ日誌と化してしまっているのだが、当面の間はこの傾向が続いてしまいそうな気もする。




生まれたばかりの赤ん坊の生態をライブで朝から晩まで観察するのは初めての体験なので、いろいろと発見があって思った以上に面白い。知識として頭に入っていた情報であったとしても、いざ目の当たりにしてみるとやはり新鮮な驚きだ。そうした数多ある発見を敢えてひとことで言い表すとすれば、『新生児の生命力には驚いた』ということになろうか。母乳の吸い方を心得ていたり、周囲の大人の注意を引こうと大きな声で泣き叫んだり、可愛がってもらえるように愛想を振りまいたり。他の動物と同様、赤ん坊は誰に教わったという訳でもないのに、生まれたその瞬間から、生きるための術を知っていて、日々それを全力で実践しているのだ。

現代の大人の世界では、職業人生や人間関係といった様々なテーマについての悩みが尽きない。『どう生きるべきか』という問題が著しくクローズアップされている社会と言えるかもしれない。人の話に耳を傾けてみたり、書物を読み漁るといった行為は、それが本当に人生に劇的な変化をもたらすだけの意味のあるものであれば生産的・創造的で結構なのだが、私のような人間の場合には、往々にして何度も何度も同じようなことばかりを繰り返し考え、悩み、逡巡したりしていることも少なくない。

だが、本来的には動物にとっては生き抜いて種を保存するというそのこと自体が大事なのであって、『どう生きるか』という点について屁理屈を捏ね回す必要はあまり無いのではないだろうか。本気で必死に生き抜こうとする意志さえあれば、『どう生きるか』という命題に対する答えは自ずと見えてくるし、本能的に身についていると言っても良いだろう。実際、些細な悩みごとについては、実は答えは自分の中にあるといった状況も多い。わかっている筈の答えを直視して行動に移す勇気があるかどうかが問題なのであって、答えを探そうとしている行為は往々にしてそれをやらない理由を探しているだけであったりもする。

本能や直感の赴くままに―― 全身を使って本気で泣き喚き、全身を使って本気でミルクを飲む赤ん坊を眺めていて、はっと気付かされた。
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by th4844 | 2005-09-26 07:57 | Career


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