2005年 09月 15日

touch wood

イギリス英語独特の表現(おまじない?)だと思うのだが、こちらの人は幸運が続くことを願う時に、『touch wood』 と口にしながら木製のテーブルやイス、はたまた壁などをトントンと手の平で軽く叩いてみせる。『危ない危ない。調子に乗りすぎてバチが当たったら大変だ』といったニュアンスなのだが、とにかく木に触るのが大事らしい(木が見当たらない時は触る仕草だけの時もあるが、必ず動作を伴うのがポイント?)。『今シーズンもチェルシーは開幕から無傷の3連勝だぜ、おっと、touch woodしとこう』とか、『いやー、そう言えばうちの子は今まであまり大きな病気をしたことが無いなぁ。おっと、touch wood!』といったケースが典型的な使用例だ。かなり頻繁に耳にするのだが、これに遭遇する度にイギリス人の意外に謙虚な一面を垣間見た気になる。



先月来、コネチカットの500億円弱の中型ヘッジファンドのスキャンダルが新聞紙上を賑わせている。投資家に対して、『諸般の事情により、運用を停止して資金を返還させてもらうことにした』という連絡があったきり、その後待てど暮らせどカネは返って来ない。どうやらマネージャーは何処かへ姿を眩ませていて、CFOの遺書まで見つかった、といったような話が今週になって日本の新聞でも報道され始めた。本件は典型的な詐欺行為であった可能性が高いとみてよいだろう。マネージャーに飲酒運転絡みの交通事故暦があったというトリビアはともかく、元従業員がマネージャーのコンプライアンス違反を告発していたことや、マネージャーの経歴に詐称があったこと、架空の監査法人を使って監査報告を捏造していたこと、自前のブローカー部門を通じてトレードしていたこと(容易にお手盛りのバリュエーションが可能になる)等々、パブリックになっている情報やレファレンスからだけでも、このファンドの場合は事前に“怪しい”と判別し易かったケースだと思う。冷静にこんなことを書いているくらいなので、当然のことながら私の勤務先からはこのファンドに投資していなかったのだが、どうやら同業他社の中には見事にやられてしまったところもあるようだ。

こういう時、以前の私だったら、クライアントとの世間話の中で『あ、そういえば・・・』などと“ついで”を装って、自分達がどうしてこの破綻したファンドには投資していなかったのか、わざわざ講釈を垂れていたかもしれない。実際、こういう時にここぞとばかりに、いかに自分達が事前に徹底的な調査を実施していて、いかに鋭い感性でマネージャーのキナ臭さを事前に見抜いていたか、鬼の首を取ったようにはしゃいで吹聴して回るセールス担当がいる会社の話も耳にする。恐らくは、口にはしないまでも、『こんなのも見抜けないような会社は、プロとして手数料をもらう資格はありませんよね』といった雰囲気を湛えて勝ち誇ったりするのだろう。だが、今の私はそういう言動は厳に慎みたいと心の底から思っている。自分が慈悲深い人間になったと言いたいのではない。ただ単に、“明日は我が身だ”という恐怖感を強く自覚するようになったのだ。

思えば、銀行員時代にも数多くの企業倒産を目の当たりにしてきた。勿論、破綻処理に巻き込まれることなど、決して楽しい経験ではない(非常に勉強にはなるのだが・・・)。そして破綻したのが親密な取引先だった時に何よりも辛いのが、破綻してパンドラの箱の蓋が吹き飛んで初めて明らかになる“衝撃の事実”に触れた時だ。簿外債務や架空売り上げに在庫水増しといった粉飾決算ならば少しは予測がつくかもしれないが、社内政治の影響で壊疽を起こしていた企業文化、社長の知られざる素行や交友関係、ひとたび経営危機に陥ってから講じられていた壮絶な延命策等々が後日談として耳に入ってくると、それまでどんなに徹底的に調べた気になっていても、どんなに良好な関係を築いていたつもりだったとしても、所詮は自分達はアウトサイダーでしかなかったという現実を嫌と言うほど思い知らされる。

ここのところ、年に1-2件くらいのペースで比較的大きな規模のヘッジファンドの破綻や詐欺事件が起きている。最近はヘッジファンドの数が増えているため、そうした発生件数はますます増加していると見てよいだろう。潰れるべくして潰れていくヘッジファンドもたくさんあるが、中には、後づけで考えてみたって、グレーであることは見抜けたとしても、真っ黒だという評価には至りにくいような難しいケースだってある。勿論、審査の過程において、投資しない理由を探すのは簡単である。しかし、投資家は投資してこそ投資家である。ヘッジファンド投資ブームが続く中、ファンド・オブ・ファンズにはどんどん資金が集まっているのだが、最近は優良ヘッジファンドに投資枠を確保する争いがかなり熾烈になっていて、著名なトレーダーがヘッジファンドを立ち上げる際には、運用開始から僅か3ヶ月で新規資金の受け入れを停止することだってある。こういう時には、真っ黒じゃなくて、グレーだと信じるのなら腹を括って投資してしまうこともあるだろう。絶えずこういうプレッシャーの下で投資判断をし続けるのは結構しんどいと思う。だからこそ、ヘッジファンド投資のプロであるはずの著名なファンド・オブ・ファンズですら、今回のような事故に巻き込まれてしまうのだ。

一件一件、全力を尽くして調べ抜いたつもりでも、所詮は人間の仕事だ。何十社、何百社ものヘッジファンドに投資していったら、いつかはババを引いてしまうこともあるだろう。平時においては、ヘッジファンド側が醸し出してくれる“あなたと私の特別に親密な関係”に酔ってみたり、インサイダー気取りでそうしたネットワークを誰かに自慢してみたくなるのもわからない訳ではない。だが、他人様の資産を預かり高額の手数料をもらっている運用者としては、自分達の力を過信して何でも知っているつもりになるよりは、外部の人間の知り得ることには限界があるものだと冷静に身の程を弁えておくべきではないだろうか。そして、そうやって確率論めいたものの見方で達観出来るようになると、例え今回のようにコンペティターがトラップにかかったのを知ったとしても、彼らの失敗を笑おうという気持ちには到底なれない。ただ、ひとりで『ああ、うちは今回はあれをしっかりやっておいたから良かったんだな』などと静かに振り返り、そしてコンコンと木の机を叩いておこうと思うのだ。
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by th4844 | 2005-09-15 06:25 | Hedge Fund


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