2005年 09月 10日

Hurricane Katrina と 運用者としてのアカウンタビリティ

メキシコ湾岸地域での惨状は当地でも連日大きく報じられている。先進国とは思えないショッキングな映像を見るにつけ、この空前の規模のハリケーンの猛威に驚くとともに、次第に明るみになる人災的な側面にもいろいろと考えさせられる。犠牲になられた方の冥福をお祈りするとともに、被災された方が近い将来何らかの形で生活を再建できるよう願うばかりである。



さて、マーケットに近いところで働く者の醍醐味であり、また大変なところでもあるのが、世界のどこかでこうしたevent(英語では“事件”という意味合いで用いることも多く、日本語のようにウキウキするようなニュアンスは無い)が発生すると、何らかの形でポートフォリオの運用成績に影響があったり、また影響が無かったとしても、『風が吹けば桶屋が儲かる』的な連想から様々な憶測が生まれるところである。世界各地のニュースは決して対岸の火事ではない。米国の9・11同時テロ、ワールドコムの破綻、マドリードの列車爆破テロ、インド洋の大津波、GM債の投資不適格への格下げ、そしてロンドンの同時テロ。不測の事態に直面するたびに、私のところにも投資家から『これはポートフォリオにどんな影響を及ぼすのか?』という点について何らかの形で問い合わせが入る。実は、ヘッジファンドのファンド・オブ・ファンズの場合は数十のヘッジファンドへの分散投資を通じて投資対象となる地域・資産・手法がかなり分散されているため、局地的なeventが発生したとしても、たいていの場合は運用成績への影響は軽微である。ただ、顧客によっては『今回の影響は○.○○%』という形で数字にして報告を求められることもあって、こうなると少し厄介だ。こうしたケースでは、私はいつも直接的な影響(一次損失)と間接的な影響(二次損失)に分けて考えるようにしているのだが、一次損失の場合はまだ何らかの形で計測は可能である。例えば、GMの格下げについては、GMの株をショートしてメザニン・デットをロングしていたヘッジファンドがあれば、両ポジションの損益を合算して、それをファンド・オブ・ファンズ内での組み入れ比率で乗じた数値を直接的影響としてカウントすることが可能だ。ただ、GM格下げの影響はこれだけではない。これを受けて他の自動車関連銘柄も動くし、ハイイールド債全般が弱含んだりする。また、こうした縦横の影響の拡散の他に、いったいいつまでをGMの影響として捉えるかという時間軸の問題もある。このように、二次損失についての計測は定義の仕方によっていくらでも数字を“作れる”ので、そういったバラバラの定義に基づいて報告された数値が一人歩きしてしまうと、例えば『A社のファンドへの影響はB社よりもだいぶ大きかったようだ』といった評価もミスリードしかねない。『阪神タイガース優勝の経済効果は○百億円』といった数字と一緒で、このようにして計測された間接的影響というのは、酒の席での薀蓄としては面白いものの、曖昧な数字を無理やり積み上げていく作業というのはあまり気が進むものではない。

今回のカトリーナのヘッジファンド業界への影響について、これまでに把握している範囲の情報を纏めておく。

①全体としては、影響はかなり限定的であった。
・当初は株価がどうなるか心配する向きもあったが、実際には、次回FOMCでの利上げ見送り観測が強まって、これを手がかりにして株価指数はむしろ上昇した。株式L/S全般に対する影響は殆どなし。ただし、エネルギー関連のポジションが膨らんでいるマネージャーについては精査が必要か。
・利上げ観測後退に関連して、一部の債券系(アービトラージまたはCTA)のマネージャーに数%の損失が出ている。
・週後半になるとFED周辺からは、そうした利上げ見送り観測を打ち消すような情報が漏れ伝わってきているが、ここから先は意見が分かれるところなので、マネージャーには考えてからアクションを取るだけの時間が与えられている。従って、仮にここで利上げ継続となって再び株価・金利が反転したとしても、それはもはやカトリーナ・ショックによる不測の損失とはいえない。

②局地的には、やや想定外の損失が出ている
・エネルギー・デリバティブのアービトラージをするマネージャーの一部に、やや大きな損失が出た模様。パニック売りに伴って電力や天然ガスの先物市場の流動性が大きく低下したため、8月の米国の気温の低下を見込んで天然ガスショート/電力ロングのポジションを積み上げていたマネージャーなどは、ストップロスの過程でかなりの痛手を被っている。
・カタストロフィー・ボンドに分散投資するタイプのマネージャーの中には、メキシコ湾岸のハリケーンにエクスポージャーがあったものもあり、大規模ではないものの、影響が出ている。
・どちらも、比較的新しいタイプの投資戦略のため、ファンド・オブ・ファンズのポートフォリオにおける組み入れ比率はまだ僅少であった。そのため、ポートフォリオ全体の運用成績に対する影響は限定的であるが、損失の分布状況についてまだ情報収集を進めている段階であり、全容を把握出来るのは来週以降か。


ちなみに、カタストロフィー・ボンド(Cat Bond)とは、その名の通り保険会社もしくは再保険会社が引き受けた自然災害のリスクを仕組み債にして外部に売却したもので、最近はこれを投資対象とするヘッジファンドが急増したことによって、Cat Bondの市場も急成長している。というか、保険会社でこうしたポートフォリオのリスク管理や研究をしていた人たちが独立してヘッジファンドを設立して外部資金を集めている。

エネルギー・アービトラージは、電力や天然ガスのデリバティブや先物を用いた裁定を行う戦略。カレンダースプレッドやクラック・スプレッド(川上の原油と川下の製品)のアービトラージは勿論だが、圧巻はロケーションスプレッドであろう。中西部の某州とカリフォルニアとか、或いはマンハッタンの○○地区と△×地区といった地域間のスプレッドを取りに行くアービトラージだ。こうした投資戦略を実践するには、各地の石油やガスのパイプラインのコストや備蓄状況といった商品周りの知識、そして電力需要やそれに大きく影響を及ぼす各地の天候等についての知識(気象予報能力?!)、そしてそうした分析結果を生かすことの出来る裁定機会のスクリーニングと取引の執行といった金融の経験、更には、こうした雑多な市場参加者が織り成す市場の独特の思惑を見通すセンスなど、実に多方面に亘って高いスキルを持つハイブリッドな人材を揃えなければならないため、こうした裁定取引への参入障壁は非常に高いといえる。実際、この戦略の草創期において大きな影響力を誇ったエンロンが破綻した後は、こうした投機的プレーヤーは一度市場から完全に消滅してしまっていたと言われていた。それが、昨年辺りからいくつかのヘッジファンドがこうした戦略へ進出し、続いて大手投資銀行の自己勘定取引のトレーダーも参入し始めるなどしたために、市場の厚み(取引量とプライシング能力を持つブローカーの数)が徐々に増してきている。


エネルギー・デリバティブやカタストロフィー・ボンド関連の投資戦略は、まだまだニッチな領域で市場参加者が少ないため収益機会も豊富で、しかも投資対象の原資産の性質上、"トラディショナルなオルタナティブ戦略"(従来は、運用業界ではtraditionalとalternativeは反語として用いられてきたが、ヘッジファンドのコモディティ化がこれだけ進んだ今、こういう表現の仕方をしてもいいのではないかと思う)との相関がかなり低いことから、ファンド・オブ・ファンズの中で徐々に組み入れ比率が高まっている。このように、常に先進的な戦略の評価・投資を積極的に進めることによってヘッジファンド業界のフロンティアを切り開いていくという行為は、巨大化した機関投資家のエージェントとして、或いはヘッジファンド投資のvanguardを自認する者として非常に大切な姿勢であると信じている。そして、そうした試みが単に最前線からの情報供給という副次的な付加価値のみでなく、運用成績の向上という結果をもたらすとすれば尚更だ。ただ、他方で今回のように、『天気予報が外れたから損失が出ました』とか、或いは、『無いと思っていたのに東京で大地震が起きてしまったのでやられました』ということになると、クライアントとしては、なんだか『博打で負けただけじゃないか』という遣り切れない感覚も出てきてしまうだろう。株や債券やクレジットについてなら、我々としてもそれなりの分析は可能だしビューも持っているので、例えば『利下げ観測が浮上しているので、またプリペイメントが増えるだろうからモーゲージ・アービトラージはちょっとアロケーションを下げよう』といった形で、ファンド・オブ・ファンズの運用者が能動的にリスク管理をすることは可能だ。熟考した末の投資であれば、たとえ運用成績が悪化したとしてもきちんと説明は出来る。しかし、特にカタストロフィーボンドのようなものに投資する場合には、マネージャーの人物・経歴がまともで、確率論から言ってリスクとリターンが見合っていて、他戦略との過去の相関が低い、といったポイントくらいしか調査の仕様がない。あとは、よくわからないから、とりあえずお試しということで投資額は少なめにしておいてしばらく様子を見よう、といった配慮を加えるくらいである。表向きの文書に何と書こうとも、はっきり言って神頼みのような投資である。カタストロフィーボンドに投資するヘッジファンドを否定するものではないが(それどころか、非常に興味深いと思っている)、そのヘッジファンドに投資する側の人間の姿勢には注意が必要だ。例え確率論で投資理由が正当化出来たとしても、定性面の分析で何の付加価値も生めないようでは、我々のような中間業者の存在意義は薄れてしまう気がしてならない。
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by th4844 | 2005-09-10 19:00 | Hedge Fund


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