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2005年 08月 02日

日本に学ぶ

先週の金融庁の発表によれば、全国の銀行が平成17年3月期までに計上した不良債権処理損の累計額は、平成4年度(1992年度)以降の貸倒引当金繰入及び直接償却の合計で96兆円に達したらしい。ここ5~6年というもの、大手銀行はその莫大な償却原資を賄うために再編、公的資金投入、持合解消を伴う政策保有株の益出し、空前の規模の増資、そして(ある程度の)リストラを必死になって実施してきたが、今回公表された数字を眺めてみると、長い長い不良債権処理もとうとう一服したと言えそうである。



そもそも不良債権問題が発生した92年には、当時の宮沢首相が20兆円規模の公的資金投入によって早期にこの問題に決着をつけたい意向を漏らしたのだが、大蔵官僚、日経連、銀行界から一斉に『断固反対』の大合唱が起き、マスコミも『国民の血税を一部の私企業の救済につぎ込むなど許せない』というキャンペーンを張ったため、このアイデアはあっさりと葬り去られていた。いろいろモノの本を読む限りでは、宮沢氏は戦後の日本において稀有な慧眼の持ち主であったと思われるが、若い頃の優秀な副官としての卓越した知性・識見と、晩年のリーダーとしての政治力の乏しさというアンバランスは、彼にとっても日本にとっても不幸であったという他ない。その後、96年に農林系金融機関救済を主たる目的として住専処理に6800億円程度の公的資金が投入されたものの、大手銀行の不良債権については先送りが続き、結局、巨額の公的資金の導入が本格的に議論されるようになったのはあの97年の金融危機を経験した後になってからのことであった。破綻・国有化の憂き目にあってしまった数行を除いては、結果的に、バブル期の戦犯の粛清を伴うような抜本処理は避け、バブル期に陣頭指揮を執った人々(含む大蔵官僚)が大きく傷つくことなく第一線を退いて、直接的なしがらみがそれほど無い世代が登場するまでは漸進的に処理を進めていくというルートを取ったことになる。それを政治的配慮と呼ぶべきかボタンの掛け違いと呼ぶべかはさておき、いずれにしても天文学的な水準のコストを要することになった。

13年という年月と100兆円という途方もない損失には改めて驚くばかりだが、最近ここ欧州では、そうした日本の不良債権処理から学ぼうとする動きがある。先週発売のthe economistに、ドイツのWest LBとNord LBという2つのLandesbanken(州立銀行)が新生銀行と合弁会社を設立して不良債権処理に乗り出したという記事があった。West、Nordの両行から合弁会社に250億円規模の債権を売却し、不動産担保物件の効率的な処理などを通じて回収率を高めていくという。今、ドイツでは長らく景気が低迷していることもあって、金融機関の貸出ポートフォリオの毀損が著しく、特に東西統一直後の旧東独地域における杜撰な与信管理のツケが回ってきて、同地域での不良債権問題は深刻である。これまでは先送りされることが多かったものの、新BIS基準の適用開始を間近に控えて、ドイツの金融機関は不良債権の抜本処理(もしくは増資)を早急に実施することを迫られている。日本と同様、各種のステークホルダーの利害が複雑に絡み合ったドイツ社会では金融機関が融資先の整理を進めにくい事情があり、今後の本格的な不良債権処理については外資系投資銀行やファンドといった箱を通じた間接的な処理策が主流になると見られている。このため、新生銀行に限らず、今年の初めくらいから、大手投資銀行がドイツでのこうした不良債権ビジネスに本格参入するために、プロップの部隊を東京からロンドンやフランクフルトにかなり大掛かりに移動させているといった噂も耳にしていた。当然ながら、在欧のヘッジファンドのポートフォリオにもこうしたドイツ関連のポジションが目立ってきている(=ゆえに、欧州のヘッジファンド/ファンド・オブ・ファンズの当面の収益見通しはそれなりに楽観視されている)。

日本の不良債権問題が失政から生まれたとしても、その問題を四苦八苦しながら処理したことによって、日本は一気に不良債権処理ビジネスの先進国に躍り出てしまった、と言ったら言い過ぎであろうか。そもそも、日本が不良債権処理に当たる際に教科書的事例として紹介された90年代の米国におけるS&L処理にしても、元はといえば米国のお粗末な金融監督行政(監督体制に不備を残したままで規制緩和と金融緩和を推進した結果、不動産乱脈融資とジャンク債投資の焦げ付きを招いた)の結果生まれた問題であって、この問題の発生経緯は決して褒められたものではない。“先進的”とはよく言ったもので、米国は日本よりも先にいろいろなことを経験したのは事実であるが、そのことを以ってして『やはりアングロ=サクソンのような狩猟系民族の方が生き馬の目を抜くような資本市場でのビジネスに才覚がある』と白旗を揚げてしまう人がいるのは何とも短絡的で残念である。確かに100兆円という空前の規模の不良債権を作り出してしまったのは愚かな過ちである。しかし、100兆円規模の不良債権を処理した実績がある国もまた日本だけである。とてつもない時間とコストをかけて大事業(?)を成し遂げたのであるから、その過程で学んだ得がたい経験というものは、必ずどこかでcapitalize出来るし、積極的にしていくべきであろう。

しかし、である。今回のドイツ進出での事業主体は日本の新生銀行であるが、実際にその業務の責任者となるのは、同行の日本での不良債権ビジネスを取り仕切っていたJ. Cristopher Flowers氏である(氏の活躍振りについてはSaving the Sunに詳しい。邦訳も出ている)。彼がこれまでに新生銀行で取り組んできた不良債権ビジネスにおいて、いったいどれだけの日本人の方がどれだけの貢献を果たしたのか、門外漢の私には知る由もないが、日本で作り上げたビジネスモデルを今度はドイツでもう一度活用しようという彼らの戦略のExecutionを担うのは、結局のところ皆米国人なのであろうか。新生銀行のチームに限らず、ドイツでその経験を活かせる日本人は決して少なくないと思うのだが、実際のところはどうなのだろうか。
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by th4844 | 2005-08-02 04:34 | Hedge Fund


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